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人と組織

「背中を見て覚えろ」が通用しなくなった理由。

教え方が悪くなったわけではありません。前提が二つ、静かに崩れました。それを踏まえずに同じやり方を続けると、教える側も教わる側も消耗します。

崩れた前提、その一。長く勤めない

見て覚える教育は、時間をかければ必ず身につきます。三年、五年と同じ場所にいれば、言葉にされていない判断基準まで含めて伝わります。実際、私たちの多くはそうやって育ちました。

ただ、これは長く勤めることが前提の仕組みです。転職が一般的になり、一つの職場に留まるという価値観自体が変わったいま、この前提は成立しにくくなりました。

三年かけて伝わるはずだったものが、二年で辞められると伝わりません。そして次の人が入ってきて、また一から始まります。

崩れた前提、その二。教える時間がない

もう一つは、教える側の時間です。

私たちの仕事は、目の前に患者様がいます。教育に充てられるのは、診療の合間か、診療が終わったあとです。そして人手が足りない医院ほど、その時間は取れません。

教育が必要な状況ほど、教育に時間を割けない。この矛盾が、多くの医院で起きています。

人が足りないから教えられず、教えられないから育たず、育たないから人が足りない。

教える人によって、内容が変わる

三つ目の問題もあります。誰が教えるかで、教わる内容が変わることです。

先輩Aと先輩Bで手順が違う。どちらも間違ってはいないけれど、教わった側は混乱します。そして「あの人に訊くと怒られるから、この人に訊く」といった運用が始まります。

これは個人の問題ではなく、基準が形になっていないことの結果です。基準がなければ、それぞれが自分の正しさで教えるしかありません。

だから、教育は仕組みで支えます

ここで言う仕組みとは、大げさなものではありません。

まず、手順が形になっていること。動画でも文章でも構いません。人が説明しなくても、そこを見れば分かる状態にする。これだけで、教える側の時間はかなり戻ってきます。

次に、どこにあるか分かること。手順書があっても、どのフォルダにあるか分からなければ、結局は人に訊きます。訊けば答えが返ってくる状態にしておく必要があります。

そして、何ができれば次に進めるのかが明示されていること。ここが曖昧だと、本人は「いつまでこれをやるのか」が分からず、評価する側も感覚で判断することになります。

訊けない、を減らす

新人の方がいちばん困るのは、分からないことではありません。訊きにくいことです。

忙しそうにしている先輩に、同じことを二度目に訊く。これは想像以上に負担がかかります。そして訊けないまま、なんとなくで進めてしまう。

院内のルールを、いつでも誰にも気兼ねなく確認できる状態を作っておくと、この摩擦が消えます。人に訊く前に自分で調べられる。これは効率の話であると同時に、働きやすさの話でもあります。

手順書は、全部作ろうとしない

仕組みで支える、と決めたあと、多くの医院が最初につまずくのがここです。全部の手順を書き出そうとして、量に圧倒されて止まります。

優先順位は、二つの軸で決められます。

一つは頻度です。毎日発生する作業から。年に数回しかない作業の手順書を先に作っても、次に使うのは来年です。

もう一つは、新人がつまずく箇所です。これは、実際に訊かれた質問を数日メモしておけば分かります。訊かれた回数の多い順に作れば、まず外しません。

全部を揃える必要はありません。よく訊かれる上位20個があれば、教える側の負担は目に見えて変わります。

「何ができれば次に進めるか」を書く

教育の仕組みで、いちばん効いて、いちばん作られていないのがこれです。

多くの医院では、次の段階に上がる基準が、指導者の感覚の中にあります。本人には見えません。だから「いつまでこれをやるのか」が分からず、指導する側も説明に困ります。

ここを書き出すと、両方が楽になります。本人は自分でチェックできる。指導者は基準を示せる。評価面談の場が、感想の交換ではなく、事実の確認になります。

書き方は、できるだけ具体的に。「基本的な準備ができる」ではなく、「この処置の準備を、指示なしで10分以内にできる」まで落とす。曖昧な基準は、無いのとあまり変わりません。

教育担当を、一人に背負わせない

もう一つ、構造的な問題があります。

教えるのが上手な方に、教育が集中します。その方の負担が増え、自分の仕事が回らなくなる。そしてある日、辞めてしまう。その瞬間に、教育の仕組み全体が消えます。

手順や基準が形になっていれば、この集中が緩みます。誰が教えても同じ内容が伝わるからです。「あの人でないと教えられない」という状態は、本人にとっても医院にとっても、良いことがありません。

フィードバックは、記録があると変わります

指導する側の悩みで多いのが、フィードバックが感覚的になってしまうことです。

私の医院では、指導者が一日の終わりに5分から10分の面談をしています。そして、その音声を残しています。

後から見返すと、何ができていて何ができていないのか、知識面と技術面のどちらが課題なのかが整理できます。次に何をやってもらうかも決めやすくなります。そして、指導する側にとっての教材にもなります。

評価面談も同じです。数字の並んだシートを前にして、どう伝えればいいか分からない、という声はよく聞きます。ここに材料を足すと、伝え方がかなり具体的になります。良かった点、伸ばすべき点、次の面談までに何をするか。この三点が整理された状態で臨めるだけで、面談の質は変わります。

目的は、教える時間を減らすことではありません

誤解されやすいので、最後に書いておきます。仕組みを作る目的は、人が教えなくて済むようにすることではありません。

手順や知識のように、形にできるものは形にする。そのうえで、人にしかできないことに時間を使う。判断の理由を伝えること。患者様への向きあい方を見せること。悩んでいるときに話を聞くこと。

ここに時間を使えるようにするために、その手前を軽くしています。順番が逆になると、ただの手抜きになります。

株式会社デンタル・デジタル・ウェルビーイング
代表取締役 高野 祐(歯科医師)

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