AIとの向き合い方
AIへの指示は、人への指示と同じです。
「虫歯について説明してください」とだけ言われたら、皆さんは困るはずです。誰に向けて、どの深さで話せばいいのか分からないからです。AIも同じです。
いきなり「説明して」と言われても困る
スタッフに「虫歯について説明してください」とだけ伝えたら、どうなるでしょうか。おそらく訊き返されます。誰に説明するのか。何分で話すのか。どこまで踏み込むのか。
訊き返してくれるのは、相手が人だからです。AIは訊き返さずに、とりあえず答えを出してきます。そして、その答えが的外れだったとき、私たちは「使えない」と判断してしまう。
悪いのは指示のほうだった、ということが少なくありません。
渡すべきものは、そう多くありません
難しく考える必要はありません。人に仕事を頼むときに自然にやっていることを、言葉にするだけです。
誰として答えてほしいのか。「子どもに説明するのが上手な歯科医師として」と一言添えるだけで、語彙も言い回しも変わります。
どういう状況なのか。「これから小学校低学年の子に、初めて説明します」。この一文があるかないかで、まったく別のものが返ってきます。
何をしてほしいのか。説明文なのか、スライドの構成なのか、患者様にお渡しする紙なのか。
やってほしくないことは何か。「痛い」「怖い」「削る」という言葉を使わない。この制約が、いちばん効きます。
どれくらいの分量か。300字程度、と決めておく。
この5つを添えるだけで、返ってくるものの質はまったく変わります。特別な技術ではなく、新人に仕事を頼むときの手順そのものです。
指示そのものを、考えてもらう
とはいえ、毎回これを書くのは面倒です。私自身、いまはあまり自分で書いていません。
やっているのは、「こういうことをしたいので、そのための指示文を考えてください」と頼むことです。少し奇妙に聞こえますが、これがよく効きます。20文字ほど打ち込むと、こちらが考えつかなかった条件まで盛り込んだ指示文が返ってきます。あとはそれを使い回せば済みます。
難しい作業ほど、この方法が有効です。自分で完璧な指示を書こうとするより、叩き台を作らせて、それを直すほうが速い。
繰り返す作業は、型にしておく
同じ指示を毎回打ち込むのは、単純に時間の無駄です。よく使うものは、あらかじめ条件を仕込んだ専用の入口として作っておけます。
院内で共有する場合、これには別の効果もあります。誰が使っても同じ品質のものが出てくる、という状態が作れることです。スタッフごとに指示の出し方がばらつくと、出てくるものもばらつきます。型を用意しておけば、そこが揃います。
院内向けの文章を書くとき、患者様向けの説明を作るとき、外部に出す文章を確認するとき。それぞれに型があると、迷う時間がなくなります。
同じ題材で、比べてみます
抽象的な話が続いたので、実際の差を書いておきます。
「虫歯について説明してください」とだけ頼むと、返ってくるのは教科書的な説明です。エナメル質、象牙質、脱灰。間違ってはいませんが、これを小学校低学年の子に読み聞かせることはできません。かといって、スタッフ研修の資料としても中途半端です。誰に向けたものか分からないので、誰にも刺さらない。
ここに、先ほどの5つを添えるとどうなるか。子どもに説明するのが上手な歯科医師として、小学校低学年の子に、初めての説明を、怖がらせない言葉で、300字程度で。これだけで、そのまま診療室で使えるものが返ってきます。
同じ題材、同じ相手です。違うのは、こちらが何を伝えたかだけです。
思っていたものと違ったとき
一度で理想的なものが出てくることは、あまりありません。ここで諦めてしまう方が多いのですが、本番はここからです。
やることは単純で、どこが違うのかを伝えるだけです。「もう少し短く」「専門用語をやめて」「この部分だけ詳しく」。人に修正を頼むときと同じ言い方で通じます。
コツがあるとすれば、全部を作り直させないことです。良かった部分は残す、と伝える。そうしないと、直したところが直って、良かったところが崩れる、ということが起きます。
三往復くらいで、たいてい形になります。最初から完璧な指示を書こうと悩むより、この往復のほうが速いです。
スタッフに教えるときは、理由まで
院内で広めるとき、手順だけ教えると応用が効きません。「こう入力してください」だけ覚えた人は、少し違う場面で止まります。
伝えるべきなのは、相手はこちらの状況を知らない、という一点です。ここさえ理解していれば、あとは自分で情報を足せるようになります。
私の医院では、スタッフに求めるのは「作れること」ではないと伝えています。求めているのは、困ったときに、いまの状況を説明して相談できることです。これは技術というより、仕事の進め方の話です。そして、この力は人間相手にもそのまま役に立ちます。
結局、必要なのは言語化とコミュニケーション
「これからは指示の書き方が重要になる」と言われた時期がありました。専門の職業が生まれるほどでした。
いまはそこまでではありません。多少雑に頼んでも、それなりのものが返ってきます。ただ、変わらず必要なものが二つあります。
一つは、自分が何をしたいのかを言葉にできること。ここが曖昧なままだと、どんなに賢い相手でも動きようがありません。
もう一つは、一度で完璧を求めず、やり取りしながら仕上げていけること。よく「非常に優秀だが、この会社のことを何も知らない新人」に喩えられます。まず教える。そして、根気よく付き合う。人を育てるときと、やることはほとんど同じです。